本日(3月16日)朝のNHKテレビ「リトル チャロ2」の再放送はクライマックスでした。
チャロのお母さんは死の世界に向かう道へのミッドワールドで、チャロとの不本意な別れが気になり、心残りで留まっていました。
母親はチャロが命はありながらミッドワールドに来ていることを知って、再び、生きた世界への帰還を願って、母親であることを隠していたのです。
しかし、生の世界への帰還出来るようになった途中で、チャロを死の世界へ送りたい竜が母親であることを知らせてしまい、チャロを生の世界へ帰るのを留めようと必死。
チャロは戸惑いましたが、母親が生の世界へ戻るように叱り、意を決して帰還の道を進むのですが、竜が阻止します。
その難局で、強く生きるように願う母親は、“Never Give Up! Always Be Strong ! Never Abandon His Friend!”と“My Sun!"と親子の情をこめて言い、自ら死の世界へ向かい、チャロは“My Mom!”とお互いの親子であることを一瞬の残された時間に確かめ合うことができったのです。
このシーンに、私は、「One Piece」(ワンピース、尾田栄一郎著)を思い出しました。
ソフィー少年を中心とする「麦わらの一味」は夢を追う「大きな公共性」から言えば反社会的な「海賊」集団です。
ソフィーたちは「仲間のために」を大切にするのですが、「仲間探し」には開かれた心を持っています。
「仲間」といっても、決して親分子分の閉鎖的で閉ざされた関係ではありません。
そして、海賊集団であることから「大きな公共性」としては反社会勢力といえるのですが「麦わらの一味」は「小さな公共性」の大切さをテーマとしているのが重要なテーマです。
一人一人、それぞれの大切なもの、大切なことが異なり、それにより「生き方」が変わります。
そして、ソフィーたちは「おれ達は絶対に悔いのないように生きるんだ!」と「一理」の「大きな公共性」に律せられると「何か大切なものを失う」と「小さな公共性」を第一義とします。
「何のために」は「仲間のために」死ぬこともためらいません。
「大切なもののために生きる人間」であることに「こだわる」「スタイル」を「オレらしいやり方」で「小さな公共性」を「仲間のために」と「仲間探し」の「麦わらの一味」の冒険物語です。
「リトル チャロ1,2」、「ワンピース」は、ともに「仲間のために生きる」をキーとして「大きな公共性」より「小さな公共性」を優先した生き方をしています。
B級市民が大切にして「こだわる」べき「生き方」です。
但し、「死をも厭わない」「仲間とは」は「リトル チャロ」「ワンピース」を読んで考えなければなりません!
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はてな日記には、「もう一つの茶の道」、「もう一つの健康情報」を取上げています。
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